吉田沙保里の引退記者会見の日程と会場・場所は?質疑応答の全文も紹介!

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どーも、なおちょです。

吉田沙保里さんの引退が2019年1月8日、突如発表されました。

吉田沙保里さんのインスタグラムで発表された引退。その文章の中には「また後日、改めてみなさんの前で引退のご報告と感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。」と記載されています。

記者会見が行われることは確定しています。

一体どんな発言が飛び出すのか気になりますね。

そこでこの記事では吉田沙保里さんの

  • 記者会見の日程と場所
  • 質疑応答などの全文

について紹介していきます。

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吉田沙保里の引退記者会見の日程と会場・場所は?

吉田沙保里さんの引退記者会見の日程は2019年1月10日(木)時間は2019年1月8日現在公表されていません。

会場・場所については「都内」としか発表されていません。

事前に記者会見の会場・場所を公表すると報道関係者だけでなく、一般人も来てしまいますからね^^;

会場・場所の事前の公表はされないでしょう。

有名人の記者会見というとホテルで開かれることが多いですよね。

都内で記者会見に使われるホテルを調べてみると

帝国ホテル

〒100-0011 東京都千代田区内幸町1丁目1−1

パレスホテル

〒100-0005 東京都千代田区丸の内1丁目1−1

八重洲富士屋ホテル

〒103-0028 東京都中央区八重洲2丁目9−1

ホテルオークラ

〒105-0001 東京都港区虎ノ門2丁目10−4

ホテルニューオータニ

〒102-0094 東京都千代田区紀尾井町4−1

赤坂プリンスホテル

〒102-0094 東京都千代田区紀尾井町1−2

パークハイアット東京

3-7-1-2, 西新宿 東京都 163-1055

グランドハイアット東京

〒106-0032 東京都港区六本木6丁目10−3

フォーシーズンホテル椿山荘東京

〒112-8680 東京都文京区関口2丁目10−8

ウェスティンホテル東京

〒153-8580 東京都目黒区三田1-4-1

グランドプリンスホテル新高輪

〒108-8612 東京都港区高輪3丁目13−1

11ヶ所の候補地を挙げました。

恐らくこの中のホテルのいずれかで吉田沙保里さんの引退記者会見が開催されると予想します。

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吉田沙保里の引退記者会見の質疑応答などの全文

「皆さん、こんにちは。吉田沙保里です。本日はお忙しい中、お集まりいただきまして誠にありがとうございます。私、吉田沙保里はこのたび、33年間のレスリング選手生活に区切りをつけることを決断いたしました。自国で開催される東京五輪に出場したいという思いと、リオ五輪で銀メダルに終わってしまいたくさんの方にまた金メダルを目指して頑張ってほしいという応援に支えられつつも、日々迷いながらここまで来ました。また若い選手たちが世界の舞台で活躍する姿を多く見るようになり、女子レスリングを引っ張っていってもらいたいという思いにもなりました。そしてあらためて自分自身と向き合った時にレスリングはすべてやり尽くしたという思いが強く、引退することを決断いたしました。これまで長い間、現役選手として頑張ってこれたのも本当にたくさんの方々の応援とサポートがあったからだと思います。本当にありがとうございました」

――あらためて今(引退の)あいさつをしてどんな気持ち?

「3歳から始めたレスリング。33年間もやってこれたことをうれしく思いますし、これまでたくさんの方に応援していただいてこの場を設けさせてもらって感謝の気持ちを伝えることができたので本当にホッとしています」

――最終的に決断したのはいつ?

「リオ五輪が終わって次は東京五輪だったので、東京五輪出たいなっていう思いもありましたし、リオ五輪で銀メダルに終わってしまって、自分の父が生前、引き際は大事だよ、やっぱり勝って終わることが大事だ、とずっと言われていたので。たくさんの人にも東京五輪に出て金メダルを、という声をたくさんもらった時に自分も頑張らないといけないのかな、頑張ろうかなっていう思いもありながら、すごく迷ってここまで来たんですけど、本当に若い選手たちが世界で活躍する姿を見ることも多くなって、この子たちに今度バトンタッチしていいのかなって思うようになったりとか、練習をしている中でも、本当に若い子たちの勢いも感じましたし、やり尽くしたなって思いもだんだん強くなっていったので、最終的に昨年12月の天皇杯の試合を見たりして、そのへんから心が決まりました」

――天皇杯で伊調馨選手が優勝して東京五輪のことを口にした。あの時、心は動かなかった?

「私は昔から、自分は自分、人は人というふうに教えられてきたので、本当に自分自身はやり尽くしたと。もうやりきったという思いの方が強かったので心は動かなかったですけど。伊調馨選手は本当に素晴らしい選手で、ここまでずっと仲間として頑張ってきたので東京五輪を目指すと馨の口から聞いた時に率直にすごいなって感じました」

――お父さんにはどう(引退を)報告?

「引退会見するとか父は思っていなかったのでびっくりはしていると思う。でもこういう形で応援してくださった国民の皆さん、ファンの皆さんに感謝の気持ちを伝えることは大切なことだと思うので、この場を設けさせていただいたのですが、本当によく頑張ったというふうに天国の方から言ってくれていると思います」

――次の夢は?

「いろいろありますが、レスリング一筋でここまで来たのでレスリング以外のこともやっていきたい思いも強いですし、やっぱり女性としての幸せも絶対につかみたいなって思ってます。来年の東京五輪もありますので、自国開催でもあるのでそこで盛り上げていけたらという思いも強いです」

――東京五輪にどうかかわっていきたい?

「全日本(チーム)もコーチたち、選手たちが頑張っているので、私も精神的な支えになれたらいいなと思っています」

――吉田沙保里にとってレスリングとは?

「人生のひとつです。レスリングがなかったらここまでなれなかったですし、こうやってたくさんの方々に出会うこともなかったですし、レスリングを通していろいろなことを学べ、いろいろな人と出会えた、本当にレスリングのおかげだと思っています」

――今後、指導者としての道をどう考えている?

「特に選手たちの精神的な支えをできたらと思っています。ナショナル(チーム)のコーチは続けていきます」

――セコンドは?

「私はコーチとしての経験が全然なくて、今まで頑張ってこられたコーチもたくさんいますし迷惑をかけない程度に協力できたらいいなと思っています」

――リオ五輪で敗れたヘレン選手の印象は?また、打倒・ヘレンに挑む後輩に期待することは?

「リオ五輪の決勝で4年ぶりに戦って、それまで大差で勝ってたので、ヘレンが(決勝に)来たんだって思いがありました。組んだ瞬間、圧力と勢いがすごくて。私も勝ちたいという思いが強かったんですけど、その時はヘレンの方が勝ちたい、私を倒したいっていう思いの方が強かったのかなと思います。とでも素晴らしい選手で、強くなったと感じました。東京五輪に出てくると思いますが、日本選手に勝ってほしいという思いがあります。どういう戦いになるかすごく楽しみです」

――長く現役生活を続ける上で、レスリング以外で最も刺激を受けたアスリートは?

「谷亮子選手にあこがれて、中1、中2くらいから私も五輪に出て金メダルを獲りたいという夢を持ち、そこからずっと正式種目にもなっていないのに五輪に出たいという思いを持っていました。大学1年の時に04年のアテネ五輪から女子レスリングが正式採用って決まりまして、出るために必死になってました。あこがれの選手は、ヤワラちゃんだけかなっていう感じです。アテネ五輪で初めて谷亮子選手とお会いすることができて金メダルを手に取って見せてもらった瞬間にうれしくて…」

――その時にどんな会話をした?

「谷選手は初日に金メダルを獲られたので、私が選手村の部屋に押しかけていって、その時に金メダルを見せてもらって写真も一緒に撮ったんですけど、『ずっとあこがれて五輪目指して頑張ってきました。ここで会えてうれしかったです』って言葉をかけたら、『話で聞いたことあるよ』って言ってくれて、金メダルをみせてくれて、それがパワーに変わって背中を押してくれた気がします」

――今年、参議院選挙があり、各政党から出馬要請される可能性が高いといわれている。政治に関心は?要請があったらどうする?

「私は全くございません。(要請があった場合)お断りします」

――栄元監督はどんな存在だったか?引退を決めた時(栄氏に)報告したか?

「3歳から高校まで父親に育てられ、大学に入ると同時に栄監督に出会いました。ここまで世界で戦え、世界で活躍できる選手に育ててくれたのは栄監督だと思っています。情熱ある指導者で自分の時間をさいてまで選手を一番に考えてくれる指導者なので、感謝の気持ちでいっぱいですし、ここまで育ててくれてありがとうございましたっていう強い思いがあります。引退すると決めた時に、監督に言った時には、『そうか』ということで、『ご苦労さん』って言葉をかけていただきましたし、その言葉を言ったと同時に、『俺が泣きそうだよ』って、涙もろいところもあるので、そういったこともありましたけれども本当にここまで育てていただいて感謝の気持ちでいっぱいです」

――引退表明のツイートに17個のメダルが写った写真があった。最も印象に残っているのは?

「難しいですね。どれも印象に残っている。最後のリオ五輪では、負けた人の気持ち分かった。それまでは、勝ててよかったという気持ちしかなかった。リオ五輪で初めて2番目の表彰台に上った時に、あっ負けた人ってこういう気持ちだったんだなってことを感じましたし、こうやって戦う仲間がいたから私は頑張ってこれたんだってことも知ることができた。リオ五輪の銀メダルが成長させてくれたんじゃないかと思い出に残っています」

――リオ大会で、「霊長類最強と言われていても私の娘。立派な銀メダル」とコメントした(吉田さんの)母親と今回、どんな話をした?

「あなたが決めたことだからそれでいいと思うよ、と。本当にご苦労様って声をかけてもらった。なんでも話し合える姉妹みたいな母。涙もなく笑顔でそういうふうに話せました」

――故郷・三重県への思い、メッセージは?

「18年間、実家でレスリングを続けていく中で、地元の皆さんの応援は大きな励みになりました。感謝の気持ちでいっぱいです。優勝するたびに故郷に帰るとたくさんの方が声をかけてくれて、みんなが親せきのように接してくれるのでうれしく思ってました」

――マットに別れを告げたのはいつ?

「まだ別れは告げていないですね。後輩たちと練習していますので。現役選手としてしっかりとマットに別れを告げないといけないかなって思ってます。でも、これからまだまだ後輩たちと汗を流していくと思うので(別れを)告げることもないかなって思いながら頑張っていきたいと思います」

――昨年、女子レスリング界が揺れました。どんな思いでいたか?

「私をここまで世界で活躍する選手に育ててくれた栄監督と、今までともに頑張ってきた仲間が、ああいう状況になってしまったことは本当にショックでした。真実ではない報道もあったかもしれないのですが、そんな中でコメントすることは難しかったです。これからどうしていくんだろうという思いも強かったですし、若い後輩たちが悩まされて思い切り練習できなかったり、試合で結果が出せなかったりという部分が一番つらかったです。もう次に向かって頑張っていくしかないと思いますので、前を見て東京五輪に向けてひとつになって頑張っていかないといけないかなと思っています」

――自身の考える吉田沙保里の強さ、強みは?

「やはりタックルで攻めるというのが一番の強みだし自信を持っていたところです。小さい時から父に叩き込まれたタックルを信じ、これまでずっとタックルで相手を倒してきたので、絶対的に自信を持っていました。期待されているのは分かっていましたし、皆さんの応援、声援をパワーにかえて頑張っていました」

――日本人プロレスラーとして初めて性同一性障がいであることを公にした朱崇花(あすか)さんをどう思い、日本のLGBTをどう考えているか?また結婚の予定は?

「最初の2つはあまりよく分かりません。(結婚の予定は)ないです」

――子どもたちへのメッセージをお願いします

「目標と夢は、絶対につくってほしい。最後まであきらめない気持ち、頑張り続ける気持ちを大切にして、指導者の言うことを素直に聞いて目標に向かって頑張るのみだと思います」

――最後に会心のタックルを決めた相手は?

「タックルしすぎて記憶にないですね。(リオ五輪の決勝の)ヘレン選手が最後に戦った選手ですが、会心のタックルはできなかったので、その前ですかね」

――キャスターなどを含め今後新たにチャレンジしたいことは?

「私はバラエティーというかそういうのが好きでテレビにも出させていただいているんですが、本当に笑って笑顔でいるのが好きなのでキャスターというよりもバラエティーの方が自分は向いていると思う。いろんなことに挑戦できたらという思いもありますし、何かありましたらよろしくお願いします」

――これから何に勝ち続け、何に負けないようにして進んでいきたいか?

「自分のやりたいことを大事にしながら、でも父は人には迷惑をかけるなということをずっと言っていたので、人には迷惑をかけない程度に自分のやりたいことをやりながら、見つけながら頑張っていけたらいいなと思います」

――江頭2:50が追っかけをしていたが、意識していた?

「五輪の会場の映像を見ると、後ろで全身金のタイツをはいていたりだとか、毎回、目立つ格好をされていたので気にはしながら見ていましたけれど、もちろん戦っている時は気にはならなかった。終わって映像を見た時に、また江頭さん、会場に応援に来てくれていたんだってことを知ってうれしく思いましたし、遠い所まで足を運んでいただけて感謝しています。意識っていうのはあまりしていなかったですね。でも北京五輪の前にレスリング道場まで来ていただいたのは覚えていますね。すごく応援していただいているんだなってことはそこであらためて知ることができました」

――吉田さんの後継者は?

「たくさんいますね。うちの道場の奥野春菜っていう選手もいますし、この前53キロ級で優勝した向田真優選手もいますし、自分の階級ではそういった選手になるのかなって思います。あとは50キロ級で私を尊敬してくれている登坂絵莉選手もいますし。どの選手が代表になるか分かりませんが、みんなで頑張っていけたらなって思います」

――ロンドン五輪で旗手、リオ五輪で選手団の主将を務めるなどした。4度の五輪は自身にとってどんなものだったか?

「父は五輪を目指して出られず、兄たちも出られなくて。私が4度も出させていただいたことをうれしく思いますし、それも家族の応援、支えが夢を大きく強く持たせてくれたので頑張れたのかなと思います。4回の中でいろいろなことを得ることができ、いろいろな人と出会うことができ、五輪で活躍することができたから今の私があるのかなって思います」

――体力の衰え、技の切れの衰えを感じたことは?

「体力的には、そんなに落ちたかなっていう感じはなかったんですが、年を取るにつれてだんだん体力は落ちてきたり衰えたりしている中で本気になったらという思いはあったんですが、やはり気持ちの部分が追い付かない部分があり、やり尽くしたなっていう部分の方が強くなっていったので(引退を)決めました」

――最初に引退を告げた人、その時の言葉は?33年間、大切にしてきた言葉は?

「最初に伝えたのは母です。引退することに決めましたということで、ご苦労さんと。あなたが決めたことだからということを言ってもらいました。ずっと大事にしてきた言葉は、『夢追い人』。夢を追う人でありたい、そして、夢を追う人であってほしいということで『夢追い人』っていう言葉をずっと大事にしながら来ました」

引用:https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2019/01/10/kiji/20190110s00032000251000c.html

まさか、政界進出の話まで出てくるとは…。スポーツマンがいきなり政治家になれるもんなんですかね?自分は知識があまりないので詳しい話は分かりませんが^^;

人気は確かにあるので、票は獲得できそうですよね。でも、それと政治は別物。

出馬するなんて言ったらちょっと引きます笑

江頭2:50が追っかけをしていたなんて知りませんでした!

全身金のタイツを着て応援に来ていたなんて驚きです。知っていればやりたかったなぁ、客席で「江頭2:50を探せ」みたいなの笑

まとめ

この記事では吉田沙保里さんの

  • 記者会見の日程と場所
  • 質疑応答などの全文

について紹介しました。

記者会見の場所は東京都内の11ヶ所のホテルのいずれかと予想しました。

記者会見は約40分。最初に感謝の気持ちを述べ、その後は記者からの質問に回答していました。険悪なムードになるようなことはなく、明るい表情で記者からの質問に回答していたようです。

バラエティー番組にも出たいと言った発言もあり、またテレビで顔を見ることはできそうですね。

吉田沙保里さん、本当にお疲れ様でした!これからは日本のレスリングの縁の下の力持ちとして頑張ってほしいですね

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